濱田先生

濱田隆士先生インタビュー

1999/1/8 @東大駒場15号館405B室


濱田隆士先生

1933年生まれ.理学博士.専門は古生物学,地球環境変遷史. インタビュー時現在,東京大学名誉教授,放送大学教授,神奈川県立生命の星・地球博物館館長.


インタビュアー:岡本吉央,田中佑人
テープリライト:岡本吉央
フォトグラファ:岡本吉央

濱田:
えーと,たぶん想像はしてるんだけども,卒論っていう形にするときにね,そちらの主旨があるだろうから...
岡本:
卒研としてやろうと思っていることは,基礎二の歴史とその現在の位置づけはどのようになっているのかということを調べようと思っているということで,基礎二がまずどうやってできて,どういう経緯を踏んで来て,ということを調べることと,そして現在の学問体系全体とか大学全体の中で基礎二というものがどういう位置づけにあるのかというものを調べて,で,自分達がいまやっていることがどういう位置づけなのかということを省みてみる,というような...
濱田:
じゃあ,これは全部インタビュー形式でやってるの? えーっと,歴史の方っていうか...
岡本:
いろいろな文書にあたってるところも...
濱田:
そうでしょ. だって,ねえ,庶務にいろいろなカリキュラムの歴史もあるし,人事なんか全部向うにあるね. あれはあなたたちが引っ張り出さなきゃいかんのか,先生から出してもらうのかな?
岡本:
なかなかそろってないところとかあって...
濱田:
本当は基礎科の事務室に全部ちゃんとそろってなきゃいかんのだけれども...
岡本:
そろってなきゃいけないんですけど,なかなかそろってないんですよ.
濱田:
やっぱそうかぁ.
岡本:
っていうところがあって...
濱田:
で,ちょっと逆に質問だけども,例えば,磯田学部長なんかには聞いたの?
岡本:
磯田先生には,今日また御連絡して,日取りを決めるということに...
濱田:
あの先生は是非聞かないとね.
岡本:
磯田先生は濱田先生から見てどういう立場で,基礎二の...
濱田:
ちょうど認可されるときの担当ですからね. 学内行政としては学部長の力が無ければ,いろんなからみで動かなかったと思うんですよ,基礎一とのからみでね. 基礎一と二というのは,我々の理念ではわかるけれども,文部省に出したときの位置づけだとかいいわけは. だから,今度は学内で,すでに,例えば,基礎一があるじゃないか,とかシステムじゃないか,とかマクロとミクロいう差が最後には付きましたけれども,そういうことをいわゆる政治決断というか,我々が提案したり言ってったりすることじゃなくて,きちんとこうだという方針を出してやってくださった方ですから,これはものすごい強い. 善し悪しは別よ(笑). いろいろ学内からも反対はあったしね.

まぁ,難産とはいえ1年でできちゃったんだから,世の中で珍しいですよね. 申請から1年でできちゃった,手続き上はね.

岡本:
それは珍しいことなんですか?
濱田:
それは珍しいですよ. 後1つ例は,福井先生の京都の. ノーベル賞を受けたとたんに学科ができた. これは,聞いてみるとあれだけどね.
岡本:
それくらいのことなんですね.

基礎二っていうのは,もともと基礎科学科があって,それを2つに分けて作ろうということだったんですか? 分けてというのか....

濱田:
最後に基礎科の中に放り込まれたっていう感じ,基礎科っていうカテゴリーがあるから. それとは別に例えば,仮に環境学科と作ろうとしても,それはダメだ,と. 基礎科という枠があるから. 例えば,教養学科という枠の中で一,二,三とわかれてるね. それと同じように,基礎科学科の中でこなしていけという,これはやはり文部省の方針だったと思う.
田中:
創立の先生の中では,例えば環境科学科なんていう名前がいいねぇ,っていう話にはなっていたんですか?
濱田:
なりました. だけど,文部省が環境というのは悪いもんだっていう,当時ね...
田中:
悪いというのはどういう意味で...
濱田:
あれ,君達. 環境問題って昔言ったのは,いわゆる公害問題のときの環境でね,工学部に進学者がいなくなったときがあったわけ. イメージが悪くて. 環境っていうのは,要するに,悪環境っていうのが環境っていう社会用語になってるから,環境問題っていうと悪いこと,そんなとこに行ったら就職口がないっていって,底が割れたことがあるんだよ. そういうことで,文部省の方針として環境問題というのはね,当時はね,タブーだったんですよ. 僕等は違う理念でね地球環境とか自然環境とか,いい意味での普通のenvironmentっていうことばでかんがえていたんだけれど,それが社会要因,おわかりでしょうけど学科っていうのは社会要因ですから,ただ単に提案がね学術的に,っていう話ではないわけ. たとえば,文部省が今年の新学科はって新聞に出るじゃん. あれなんかでも,情報とかっていうはやりの言葉がばーって入るわけ. システムと情報とかって. しかし,当時は環境って使えなくて,それを最初に大きく使ったのが北海道だったの. 北海道に環境学科が出来たの. で,それは僕等より後. だから,ぼくらがやったときのそのことは,無味無臭のneutralな基礎科の中に放り込んだ. で,しかも,学内行政としてはマクロとミクロという区別をしないと,当時悪口としてあるんですけど,第二理学部ではないのかと. 学内の,本郷からも含めてね,言われたわけ.
岡本:
それは,基礎科学科全体がですか?
濱田:
そうそう. 第一がそうだったのに,またもう一つ作るかって. 上塗りだっていうわけ.
岡本:
ということで,基礎一のほうがミクロだとしたら基礎二のほうをマクロとして差別化を図ろういう...
濱田:
そうですね. そして,そのサイズだけじゃなくてね,実質的には問題解決型,これは平澤君のことばの中に多分出て来たと思うんだけど,学理的に真理を追求するという以外にね,このことばは当時にはなかったんだけど,複雑体・複雑系が持っている問題点っていうのは解答不可能っていうのが多いわけでしょ. だから,それに対してアプローチを考えようっていう,そういうことが大きかったんで,基礎一はそれを原理的にきちっと押さえていくっていう,だから今でも,同じ動態力学でも複雑系でも基礎一でやってると,血流の細かいvisualizationとかね,とかそういう細かいことやってますけど,こっちはもっと大きいことやってますよね. そういう差別かっていうのは,確かに住み分けは必要でね,大体ものはサイズが違えば方法が違うっていうのはmethodが違うっていうのは当たり前じゃない. その原理をね,上手に振り分けたのが,要するに磯田先生なわけだ. 英断なわけだね. で,ぼくらが主張しても学内ではなかなか,それは提案者が主張したってダメでしょ. だから,裁定を下したわけ.
岡本:
実際,磯田先生も基礎二のスタッフ,というのか授業・講義を持ってらっしゃったんですけど...
濱田:
だけど,それはその後でね. 提唱したときにはグループに入ってないもん,僕等のグループにね.
岡本:
どういう経緯で磯田先生は入られたんですか?
濱田:
たまたま,基礎二ができると図学っていうのが,図学教室っていうのが,その当時ちょうど,あなたたちにはわからないかもしれないけど,いわゆる製図・ドローイングが変わって来てコンピュータグラフィクスっていうかコンピュータの方の振り分けで情報科学科の方と折半して,その情報棟も出来たしね,その制度がえのときでもあったから,あそこが情報図形っていう名前になったわけね. そのなかで,磯田先生は燃焼の先生で,工学系なんで,その中での長老ということで,ここの学科長から,順々に上がっていって学部長まで行っちゃったわけだけども. だからそうすると,基礎二にとってはタイミングがぴったりいっちゃって,理解者なんだよね.

で,特に,工学の人っていうのはマクロに対して理解が深いでしょ. で,複雑系だって問題解決しなきゃ工学にならないわけだからね. そうすると,最初,今でもそうかもしれないけど,物理が基礎二に対しては,いわばappreciationがなかったわけです. なぜかっていうと,システムってすべてのものがシステムなわけでね. 原子の構造から,全部システムで,いまさらシステムってあるまいって言ったり,それから,じゃあ数理的な扱いとしてどんなのが出来るって,工学部関係ではあのとき有限要素法を使ってた人が多いんだけど,ほんとにおまえら出来るのかってひどいこと言われてね,テストまでやらされたんですよ,おまえやってみ,って,公開で. まぁそのくらいで,今で言うといじめだろうけどね. 慎重に言えばチェックで,どういう卒業生を作るのかとかまで含めて非常にたくさんの問題を抱えてたんですが,そのときにそういうことがあるなかで,独立して学科を作るだけの価値があると判断したのが磯田先生なわけ. だから,磯田先生に直接聞くと,理念より手続き論のほうが先に出て来ると思うんだけどね. 大変だったよとか. だけど,理念としては理解者だったわけね. 推進者っていうのはまわりから悪口は言われるんだけど,軍で言えば若手将校だからね,僕が50歳のときだから,スタートしたのがね.

岡本:
だいたいどういうメンバーで新しい学科を作って行こうという方向を考えて行ったんですか?
濱田:
そうですねぇ,やっぱり当時のあれとして一番大きかったのは,まあ平澤先生だとか僕だとか,生物でいうと木村先生だね. その辺が大きかったですねぇ. 同じ学科の中でも全然関わって来なかった人もいたし. 当時は,学科が出来る前は,飛び出して作るのか,全部包含して作るのかっていう方策までわかっていなかったからね. おれはしらんよ,っていう人はたくさんいたから. まぁ,当時の図学にもそういう人はいたけどね. それから途中から,いろんな先生方がとなりのなんだっけあれは,宇宙航空研,あれが解体になって,でそこから応用工学の人がはみ出して,今いらっしゃる阿部先生が入ってきて,まぁたまたまそういうグループがそういうのをやろうっていい始めて,今度は人事で松本先生が入って来て,筑波から来て,しだいしだいに膨れていった. だから,創立期に関わって,直前くらいまでギリギリ参加したのが松本先生までじゃないかな. 嶋田先生はその後になるから.
岡本:
話合いの中で,どういうことを具体的には話していったんですか?
濱田:
これ,こういうことなの. ちょっとこれ卒論になるかどうかしらないけれどね,こういうことなんですよ. こういうプロジェクト進めるときには,体裁を整えるっていうことがまず一つあるよね. それは,その行政上の手続き,カリキュラムを含めてね,でそれについては,ネーミングもすごく大切なわけね,環境とか. それから,細かい実際上のプログラムの中でどんな科目が置かれるかっていうのが大切なわけね. そういうことで,教務的な頭のきれる人がいることが一つ. それから今度はねぇ,僕達はお経と呼んでるんだけど,前文がいるわけね,主旨文がね. それは哲学的にも意味があるし,それから世の中を説得させるだけの正しい文章でなきゃならないし,それから中身と整合性を保つ必要があるわけね. これがとても難しくって,これは普通理科の先生は大抵苦手なわけね. ところが,平澤君は少しうるさいくらいよく考えるほう. あの人は工学部ですからね,もともと神経系やってたひとですから,非常にいいんだけど,その彼の上の教授がそういう行政的なことに非常に長けていた先生であったこともあって,彼の性格がそういうことの中心になって動くという方向にあった. そこに野次馬としての,実際上彼は工学系だけれども私は理学系ですけれども,本当の意味での複雑系としての地球を扱ってますでしょ. で,しかも僕は地球でありながら古生物で,生物よりでやってましたから,そのだいたい生物の先生とも話がつきやすいわけ. で,地球のmechanismやってれば地球物理的なことも,駒場では専門ではないけれどもジャンルの理解はある,と. で,そういうマクロのサイエンスというにふさわしい生命科学と地球科学と,それとその工学系の,工学系だからシステムですよね,という,ほとんど人で揃ってるでしょ. だけど,3人でやれば駒場の百何十人だか三百人だかいる先生の中で,それだけじゃとても力及ばないんで,それが研究会からスタートしたのが50歳のときですよね. システム研究会,システム基礎研究会だったかなぁ. 最初は文献講読から始まったの.
岡本:
どんな文献でしたか?
濱田:
ほら,例の一般システムだったっけ? von Bertalanffyの. あの人が生物というか,神経病理学の先生なんですよね,von Bertalanffyは. で,Bertalanffyのやつをやって,まあその中から,システムでしかもブラックボックスをたくさんもったシステムというのがあの本の特徴ですからね. そういうのをやってたんですが,その途中からねぇ,非常に力強いスケットというかテコ入れがあったのはねぇ,物理からの攻めがあったでしょ. で,それは工学部出身の,例えば今でいうと永野先生が防戦に当たっていたわけ. まぁ,あれも確か有限要素法じゃないかな,建物のまわりの風の渦とかなんとか. そこに,杉本先生が入って来たわけ. あの先生は工学部に入学して,で理学部に転科して,京都ね. 京都のノーベル賞の湯川さんの弟子なんですよ,直系のね. それでしかも,その下にもう一人偉い先生がいて,そういうところの歴戦の勇士でね,ここの物理の人よりはずっと物理の理解力がね,っていったら失礼だけども,当時のあれからいっても,仁科賞を受けていらっしゃるますよね. で,今度学士院賞かなんかにも関連していたかな. で,そういう理解が非常に深くて,あの先生が複雑体をね研究するのにもう物理は古い,あの先生だから関西弁かなあ,わしゃこれから社会学をやるんや,ってエントロピー論を持ち込んだわけ. ところが,ご存知のようにエントロピー理論っていうのはさぁ,工学系のエントロピーと理学的なエントロピーって扱いが違うじゃない. 数式も違うじゃない. 符号までね. だから,それが社会でいってる社会エントロピー理論があって,彼はそれをガッと批判したりしていろいろやって,独自性がそれで出て来るわけ. と,僕は今度は進化やってるでしょ. と,進化っていうのは社会進化論っていうのが間違ったアプローチで進んで来たところもあったから,進化っていうことばに対してももう1回戻して,Darwinとは言わないけど,その本当のevolutionっていうのをね,生物学的な立場で,片っぽでDarwinismを批判しながら,片っぽで社会Darwinismも批判するというね,そういうのが出来て来たわけ.

複雑体っていうのは歴史が作るものだから,歴史科学性を持っているんだよ. 結局,文化的な要素もね,歴史は科学かっていうテーマは昔からあるけども,実際に歴史を科学するじゃなくて,歴史性を持った科学,これは村上陽一郎が前から言ってるわけだけども,科学が客観性があるかどうかといったときに,そうではない,科学は主観である,という論法にも通じるところがある. 例えば歴史は繰り返すって言うけども,歴史は繰り返さない. あれは,spiralで,timeからいうと全体としては進んでる. こっちから見るから円になるだけで,横から見ればsine curveだ,でいいわけでしょ. それと同じことを僕等は言い続けてね,だから,地学的事象っていうのは二度繰り返さない. すべてユニークだから. ということをね,それを軸にしたものの見方ってあるでしょ. だから,今までの要素還元型で行くと,なるべく単純化してすべてのものを包括的にする原理を探そうとしたんだけれど,それよりもっとゆらぎがあったり個性があったりするという,そのね,いまでいう複雑体の考え方っていうもののidentifyのね,見方の視点を変えたわけね. だから,その,単にミクロとマクロっていうだけじゃなくて,視点が変わったんですよ. というのが,スタートのときの最初のみんなの一応の意見だったわけ. だけど,すごく飛ばして言うとね,それでスタートしてもその後の人事とか学生さんの動きって言うのは,社会の流れにマッチしてますから,それが正確に伝わる伝わらないっていうのがありますからね. 今どうなっているのか,今どうなっているとかね,やると思うから,僕はすごく楽しみにしてるんですよ.

岡本:
その研究会をするときは,もう初めからシステムということばをキーワードにして,システム理論を勉強して行こうっていう話で研究会は始まったんですか?
濱田:
最初からそういうふうに話を誰か提案したと言うよりは,これにしようというのは,だれと言うこと無く,やっぱり当時の注目すべき人と方向性でたまたま一致してたんじゃないかなっと思うんですけどね. 例えば,複雑体を研究するmethodologyってないわけ. で,数学では大数っていうのは,今最近物理学の方でも使われるようになってきたけど,いわゆる大きな数を扱うっていう数学はなかった時代ですからね. だから,手法が無い,と. そうしたら,そのトレンドでも捕まえられる,そして場合によっては工学的に設計したシステムとしてすべて計算で割り切れるものと,それから設計されていてすべてブラックボックスばっかりで出来ている自然っていうのは別のものですね. 同じシステムといっても全然違うもので,それで,工学システムっていうものはいっぱいあるんだけど,自然システムっていうことに対して解析が成り立たないから,この工学システムの持っている良さを,こちらにapplyして答えを求めなくっても解決する方向をね,出すのには使えるんじゃないか,と. それで,工学システムのapplicationとして自然システムを見ようという,要するに今でも自然システムだって解析するmethodologyなんて何もないわけ. 経験しか無くって. で,原理を探求して行くのは限度があって,いくらやってもわからない素粒子まで行っちゃってますからね. となったら,マクロの掴み方,つまり,その挙動とかヒステリシス(履歴)とかそういったものをね,ポッとgrossに捕まえてね,その中からエントロピー論的な全体の流れの方向でどっちに動いて行くかとか,これからどうなって行くかとか,その間に例えば分岐理論とかいろいろなものが入って来たり,クラスターとかいう風にして括る手法というのが最近どんどんはいってきたわけね. それは,本来使えるだけの下地を作ったわけ. そこまで. もう,たった5年だからね. 10年前にスタートして5年間研究会やって,1年間で出来上がったときには僕はもう定年に近いわけで. この建物の部屋も僕の名前で作ったんだけども,入ることはなかったわけ. そういうような経緯があってね,僕はいわば下地作りになったわけね.

だから,その理念は理念としてね,いつまで経っても僕等は言い続けるし残されると思うけど,そっから先はそれの変貌というかね,それは本当に時代の流れというかね,後受け継いだ人の努力とかね,学生さん達の志向がね. これはあなたたちも聞いてると思うけど,僕等は作るときからこんな学生を作るっていう意識はあんまなかったわけね. 文科と理科をとにかくmixtureしちゃえ,と. どっからでも来てもいい,と. で,実際に1回生にそういう人いるよね. 2回生に加藤君,今緑地研にいるけど,昔あれはケイソウをやってドクターか何かとったんだけども,もともと文科系. 文3か何かだったんだ. で,そういう人とかいい人を集めて行こう,という. で,節操無くね,自分のやりたいことを変えられるくらいの自由度があるのが東大生だ,と僕等は踏んだわけ. つまり,みんなabilityが高いからね. 何やらしてもできるんだったらね,凝り固まらないで,いろんなことやってそんなかから好きなのを取ったらっていう自由度を広げようっていうのが基礎科第二のかなりの意向だったのね. ただ,それが制度的に確立できたかは別よ. だけど,1回生の中で今平澤さんのとこにいる藤垣君. あれ,林君っていうんだよ. あれ,原子力. 原子物理の人だったんだ,最初ね. 原子物理志向で来たんだ. で,なーんで来たんだって聞いたら,僕等の書いたの読んでねこっちがおもしろそうだからって来たのが結局人間動態学っていうのかね,おもしろいでしょ. 人文系のほう行っちゃってね,今社会動態とか,その他に学問分野はどうあるべきかとかね,そういう方向行って,頭のきれる人だからね,どんどん新しい分野も開拓して成功したわけ. そういう節操無い転向を平気でできるだけのキャパのある人が望ましいという,で,僕達が言ったのは,専門家というのはやっぱり何か自分で軸を持っていて,俺はこれだというのが必要ですけども,それで一生終るよりはね,ある時期にばーっと横に広がってね,late specializationってそういうのを言って,そのspecializeっていうのが線的・面的どころか点的に深まるんじゃなくて,あるとこいったらそこからspecializeというかgeneralize=specializeという,それもspecializationね,つまり特殊化です. 特殊化って何でピンポイントかって言うと,誰もそんな定義なんかありゃしない. Generalに対してspecialはあるけども,generalizeすることがspecializeすることだっていう定義だってできるわけね,論理的には. そういう方向を僕等は目指したわけ.

だから,シンクタンクは当時流行ってたし,そういう履け口もたくさんあったから,いろんなことができればいろんなことにapplicationできるんで,要するに,世の中は応用問題の連続なんだから,1つ力を付けておいて後で広がって行くのもいいんじゃないかって,バックグラウンド,プログラムを作ったわけですね. だから,いわゆる大学院化構想で言うと,ひっくり返ったような発想になるわけね. 最初generalなことをやってそれから専門的に行こうっていうのを,さぁーっと好きなことやってそれからそれを軸にしてばーっと視野を広げて行こうっていう. Tの字型とかキノコ型とかいろんなことを当時言ってましたけどね,late specializationっていうことを.

岡本:
濱田先生自身は,理学的なところで教育を受けてそういうことをやってたんだけども,例えばシステムの研究会をやったりして,そのような新しい視点を持ったところはありますか?
濱田:
僕はねぇ,今,君が言ったような理学的な教育受けたっていうのは,僕は横浜国大ですからね. 横浜国大教育学部っていうとこを出てるんです. ですから,理学的っていうのは,大学院から入ったんですね. 東大の大学院ですからこれは完全に理学系のとこで.

ところがですねぇ,相手が複雑系で歴史を持ったもので,必然的に歴史科学に近い,しかも,過去の事実を集めていって,その中から進化なら進化っていう歴史を引っ張り出そうっていうものすごく,いわゆる割り切れない分野なんですね. で,今まで僕も古生物学っていう化石を研究する学問だとか地質学っていうジャンルの中で,それこそ割り切れ無さを非常に感じてたわけね. だけど,その割り切れ無さをまわりから言われたときに,だからダメだって言われてたのに反発があったわけ,理由ない反発がね. いや,そんなこと言ったってっていう反発があったんだけれども,それに対してある程度システムだとか歴史だとか解釈だとかそういうことを考えることと,特に複雑系のことを考えると,例えば人類の歴史を考えてもらえばわかるけれども,今の人類のあり方のおおもとは周りの動植物と同列にあった自然系の中の一つの動物としての人間で,食べることだけが命で,リスクはチータよりも高かったわけ,喰われる方だった. だから,そういうものから文明化っていうのでずーっと変わって来てね,そういう変遷と同じことがね,いろんなことに言えるわけでしょ. だから,そういう歴史の経過の中での変化っていうのを,学問の中でのparadigmが変化してくって中でとっていくと,複雑系を見るものっていうのはダイナミズムが出て来るとか,単に分類だけで行っていた時代とかいうよりもずっときれいにならぶわけね. で,これは普通は科学史でやるんだけれども,僕等はもういやでもいつでもそういうことをやってきているわけだから,それをその科学史だとか歴史科学だとか,それから古生物学だとか地学だとかと言って来たものを統合してものが見えるようになる視点って言うのが欲しかった.

なんて言うか,理論武装っていうことばが昔あったんだけれども,理論武装するっていうことに対して,本当に理論ができたわけじゃないけれども,その拠り所となるものを見つけた気がしましたね. だから,システムは可能性がある,っていうところまで,僕はここを定年で辞めるときに文集に書いたんだと思うんだけど,システムそのものを本当に探求するmethodologyになるかどうかはわからないけれども,たぶん行くだろうと思うんだけれども. 少なくともアプローチとして有効であるし,他のものよりは今有利である,そういうことで,システム基礎科学っていう名前は,たしか愛称で付いてるんだよね. 正式には文部省には上がってないはずなんだけど.

で,僕等はシステム基礎科学で,しかも,僕は地球系計画学っていう担当になってるはずなのね. で,地球を計画するってとんでもないこと言うけど,あれを英語に訳すと,earth design. で,普通designって言うと設計だけれども,designっていうことばを引くとね,そうでなくて作られて来たもの,今ある,つまり,自然がデザインして来たもの,要するに,自然が作って来たデザインがあるっていうね,そういうことになる. だから,自然のデザインを研究するっていうことは,その由来を研究することであり,一体どういうしくみがその間に働いていて,相互作用がどうだったかっていうのがある. そうすると,相互作用だから複数のものがあって,で,物理で言えば多体問題になるだろうけれども,あれは,関係とか相互作用という関係での複雑なものをどうやって見て行くか,と.

例えば,僕は生態学に非常に不満を持っていたのは,生態学っていうのは日本では,あなたたちわかると思うけど,植物生態学が先見なのね. そうすると,植物をコードラート切ってどういうものがあるっていう,そういう面的なもので行ったのが生態学で言われたのだけれども,とんでもないやね. 植物だけ生態なんてとんでもない,っていう意識があって,そのうち動物生態学ができたんだけど2つが融合しないんだよね. そのうちにやっとできたわけ,2つの分類が環境庁あたりの音頭で出来たんだけど,学問分野としては全然混ざらない,それぞれわかれてるわけ,今でも. で,もっとひどいことに,土壌を噛ませたり岩石を噛ませたり,一番ベースになるものなんか要は生態学じゃないんだよ. 土壌生態学っていうのは,生態学全体の中ではそういうのをgrossに捕まえてはいない. というようなことをね,地学です,簡単に言うと,地球のことは. で,ここでね,生物の先生と大喧嘩したのは,生物なんてあんなの地球科学の一分野じゃないって言っちゃったわけ(笑). 要するに,地球の属性としてね,生物も人間も含めて,人類学も社会学も全部地球の属性として考えるべきじゃないかって,そういうスタートポイントをこういう勉強会の中からね,こう大きい枠組,要するに,学問の枠組みたいなとこからそういう発展の歴史みたいなものをこういう掴まえ方っていうのを勉強したもんだから,そういう言い方をしてさんざんなじられたんだけれども(笑),意味としてはそういうことね. だから,複合系っていうのはまさに単に数理的に複合とか物理学会の女の会長さんが言っているような,あの場合にはアモルファスっていうか結晶性のものの複雑なランダムとしての複合体というとこで数理的な解決を求めたけれども,そうではない本当の意味での複合体をね,これからは,まだまだ手法はできてないけれども,そうしていかなければ,いわゆる総合の科学って出て来ないと思う. そういうことを思ったわけですね.

でも,まぁ夢半ばにして御卒業しちゃったわけで,ですが,いまだに考え方としては放送大学で有難いことにたった一人の教官で地学を全部やらなきゃいけないっていうことがあるから,強制的にね,そういう視点でやってる. だから,僕は社会科学とかまで突っ込んでやってる. 僕の放送大学の教科書を見てもらえばわかるけれども,地球科学って書いてある最後のほうに人類社会のことを書くようにしちゃった. まぁ,それがいわゆるどこまで専門家に対して対抗できるかっていうことに一つあれがあるんですけれども,幸いなことにですねぇ,あちこちの研究会とか学会とかに行ってみて専門家で言ったことばが,僕が非専門で出て言ったことと同じ事しか言えてないっていうのはじゃあ何だっていうことで,僕が能力あると言うよりは視点が違うアプローチのほうが今は新期性が大きくて,つまり,ある分野の進展の状況よりもある分野に対して他の視点でサポートする,あるいは,他の視点・切口から見て行くっていう,学問分野っていうのは必ず切口がたくさんあるわけね,multiなんだから. それを今まで固定して考えて来た要素還元型のもので見て来たっていうよりは,基礎科学第二型のね,ゆるいシステムの中での切口の多様性って言うのがね,非常にいいんじゃないかって,と勇気付けられてます.

まぁしかしこれは,人の特性っていうのは基礎科ではあまり論じられなかったんだけれども,今非常に強く感じているのが一つあります,向いてるか向いてないか. 教師も,学生でも(笑).

岡本:
濱田先生と杉本先生がお書きになった「宇宙地球科学」っていう本がありまして,それを少し読ませてもらって感じたところがあってそれは何かと言うと,その本では濱田先生の担当された部分では,あまり地学の細かい知識みたいなものをやるっていう感じではなくって,地球科学者っていう人はどのように地球を見ているかっていう,そういった考え方みたいなところにすごく重点を置いて書かれているなっていうのを感じたんですけれども...
濱田:
あぁ,及ばずながらそのつもりでしたけどね.
岡本:
それは,やっぱり先程のシステムの研究会で,システムというところのものの見方っていう考え方を....
濱田:
論理構築ね. つまりね,地学には論理がないわけ. 地球の歴史が論理であってね. で,例えばここに岩石があって,この岩石が何かっていうことに重点が置かれて来たわけ,今までは. だけど,これがどういう歴史のなかであるのかっていう位置づけは,後から付いて来る付属的なね,結果としてそれがそう見えるっていうことになってたんだけど,そうじゃなくって,もののあり方って何かっていうのを見ていったときに,例えば岩石を見るにしても結晶,まぁ結晶なんかはいい例だと思うんだけど,物理との接点ですけど,原子構造とかね分子配列とかそういう事を言いますけど,それを実際には経験的に例えば面と角の法則なんかで非常に古めかしい式があったんだけれど,それは今のコンピュータの式とおんなじで,多面体の方程式だからね. そういうことを全く片っぽで忘れてるわけ. そういうのにふっと気がつくじゃない. そうしたら,あぁ何だぁ,これはね,こういう風に考えたらずっとわかりやすい,とか,ものが重なるっていうのはとか,ひっくり返るっていうのは,ひっくり返るって言うけどそれは下から重なって行くのか上から重なって行くのか,それは見方の違いで,鍾乳石なんかは上から重なるわけ,で我々の地層は下から重なって行く,おんなじじゃない,とかね. それとか,切った切られたっていう時間順序の関係とかね,っていうものを,何か今まで現象論ばっかりだったっていうと言いすぎかな. なにか現象論中心で展開されて来た地学や古生物学をね,例えば,種が決まって,恐竜なら恐竜がいましたじゃなくてね,こういう恐竜はどういう歴史の中のどんな鳥との関係でいたのかとかね,どんな哺乳類との関係でいたとかね,それが発展していって,なぜこんな風になってきたのか,環境とのリアクションシステムの中でどうなったか,気候はどうなったか,っていうね,総合的な中に恐竜を位置付けて見ることのほうがおもしろい,と僕は思ったわけね. 複雑だから. で,僕は複雑性の方に魅力を感じる人間だからね. わかんないことが好きなわけ. で,わからなくてもちっとも構わないというので,この頃子供達相手にそれいってるんだけれど,NHKでもやってるのは,あの番組見るとわかるけれども,open-endで終ることが多くなった. NHKは今までopen-endはダメだったんですよ. 間違ってても結論を出してやらなきゃ学校放送にはなりませんっていう. なぜならば,学校の先生はそうだっと教えなきゃいけないっていうリクエストがあったのね,文部省がそう言ってる. で,それをザーっとうち壊して来た. 壊れて来ました. で,面白がって,子供達が面白がらすにはその方がいい. というのがね,非常に単純な,教育学を出てますので(笑).
岡本:
でも,そういうのは,そっちの方が実は科学の現場とかっていうのを反映してるわけですよねぇ.
濱田:
まぁ,そうですね. 僕自身が放り込まれてたからね.
岡本:
だいぶ,そうですね,いろんなものが繋がって来た感じが...
濱田:
まぁ,それはあなたたちの受け止め方もあるだろうし,今の状況を知らないからね. カリキュラム的なもの,また卒論との関係とか,あるいは実習との関係とかね,経験を積むっていうことが一体なんだとかね. その辺の教育原理的なこと,まぁ,僕は教育のこともあるから. で,学校教育っていうのは大学の教育っていうのは,今,大学院化っていうすごい波にさらわれててね,よく見えなくなって来てるわけだよ. どうも,予算的なものが優先しててね. だけど,その中で本当の教育がね,その大学院化したら何がどう教育に関わって来るかって見えないわけね,外から見てて.

例えば,農学部が何とか生命科学に変わったりとかさぁ言うけど,そんなこと言ったって,農学程大切なものはないじゃない. 喰ってくためにやって来たことだから. それを捨ててまでそんな名前やるのって一体この人達何を考えているんだっていう,つまり理学的に近いことをやるっていうことは原理探求だったのね. そんなの農にならなくていいわけじゃない. だから,農っていう人間の営みが,今機械化されて来てる,で,それが農でなくなった日が来るとすれば,これは農業工学的な意味でね別の意味で,機械を使ってやるという意味でなくて,農という作業,つまり食べて行くっていう作業を人が絶えずして,いい意味で機械化されたことによって経済市場に有利なものを作ったけれども,いわゆる,生物社会としては全く不適当なものを作って来たわけ. それが今,地球環境問題として跳ね返って来てるわけだから. そういう枠組を考えたら,よっぽど面白いと思ってる. まぁ農学部の先生とも何度も会ったけれども,古いところでは正田先生っていう正田美智子さんのおじさんだけれども,あの先生とか他に何人かの先生とかは,そういう発想になってますね.

だけど,どうしても,これは君達にとって悪いことをいうかもしれないけれども,卒論だとかね修論とかD論とか入って来ると,それをある期間中の目的素材として置いたときにね,早くいい結果がでた方がいいじゃない,人情として. そうすると,絶対に機械化したもので,例えばX線回折でね,結晶やるっていったって. あれは僕に言わせれば,X線回折って機械がやってて人間何もしてないじゃないか. 僕等昔ね,タイガー計算機でやったりね,それで図を書いたりさぁ,したんだけど,今は粉を作ってボタン押せばでてきて,チャートがあって,それが全部出て来て,結晶図まで書いちゃうわけ. 誰が計算してるの. で,あれの機械化・情報化っていうのがね,コンピュータの世界っていうのは,誰が本当に知識が必要で,本当のものの考え方をやっていく教育に繋がっていくかっていう,どうも本当にパワーとしてだけね,使われていて,それを使ってるのがオペレータだったら,technocratとどう違うんだって,っていう風に思うわけね. だから,基礎二はそれをやりたくなかったわけ. それで実習とかそういうことで下らないことだけれども原点からね,例えば,情報っていえば,これは僕の持論で基礎二とは関係ないかもしれないんだけど,情報っていうのは大量消費できて高速であってリモートのあれができて,非常に有利なね,リアルタイムでどこでも通じるっていうのがあるけれども,まぁ最近のインターネットでもわかるように,選択性の基準がないからどれが正しい情報であるのかもわからない. どこまでいってもね. で,今の電話のサービスでどこに行くって言って殺されたのがあったでしょ,この前. あれも,ネットワークの上で動いてますね. ネットワークって言うのがそういう不特定の場合の非常にまずい社会的な悪,あるいはいかがわしい絵ばっかり引いてるっていうインターネットの見方等も含めてね,商品のやりとりでインチキもおこなわれている. 要するに,虚像だけで生きていくっていう,いろんな言い方があるけれども,virtualな世界だけで行くとね,情報化の中でね,言われてないことがたくさんあるんですよ. 情報って言うのは操作されるっていうことをね,言わないとね. でも,今の社会,情報操作ですよ,ほとんど. 何とか発表っていうの,例えば,白書見てごらん,白書. もう何とか白書っていうのはみんな操作. なぜかっていうとね,悪気があって操作してるんじゃなくて,統計に乗って来る基礎資料の集め方自体にもう操作性が入って来てるわけ. 例えばね,お魚考えてごらん. 市場に入って来るので,競りにかけられて組合を通って来るものだけが積算されるわけ. 地元の私的な網は入らない. もっと極端に言うと,市場に入って来る前に船で取った総漁獲量,それは実質収穫じゃなくて取ったもの,水上げしたものの3分の1は捨てられるんですよ. 不適当なので,大きさがダメ,種類がダメ. で,そろえて,サイズを揃えて,ミカンとおんなじように,サイズを揃えてそれで初めて漁獲高として,だから,資源量を考えるとき,全部まずいじゃない. それが白書に出て来てるんだから. その白書でね,コンピュータでやって,やれ動向が,カニが何年にどう減りましたって,そんな馬鹿なこと言っちゃダメなんだよ. そこのもとのところで,その生態系を荒した現場を掴んでない. という意味で情報っていうのは全部もう固定された情報で,これはこうですよって与えられることがそうなのと,それが操作される. 最悪は戦争ですよ. 僕は戦争中の人間だから,僕は敵を殺すっていう教育を受けて来た,情報操作の中で. 全く疑問なかったですよ. 刀持って歩いてるんだから. チャッて切ってやるって. そんなんできっこないんだけど(笑). だけど,それ程ねぇ,恐ろしいです.

だから平和社会程,かえって情報化社会が疑い持たれないから. で,こういうとこの情報化社会っていうのはテクニックとしての情報学じゃなくって,まぁ,川合さんはねあれはテクニックの方で,理論とテクニックだから,あの人僕の教養での第1回の実習生くらいの人なんだけれども,非常に優秀でやってるけれども,そういうの以上に情報が持つ社会性だとかそういう科学っていうかいわゆる自然科学から離れたね,社会の中のあり方っていうのをね考えるっていう,そういうことをね,やってく必要があるんで,基礎科っていうのはそういう大きなベースのね,作る人材っていうか柔軟な頭っていうか,柔軟っていうと自分のこといってるみたいだけど,節操ないやりかた,幅広くね,見て取れる人ができてくることをね,期待してたんです. で,僕は僕なりにいろいろと情報化社会についてあちこちで書きまくってるんだけれど,やっぱり怖いですよね. で,学問っていうのは昔から独立して真理を探求してれば良かったけれども,今の学問ってそれも必要だし,社会に対して貢献するっていう意識がないとね,いけないんじゃないか. 例えば,理学部的発想と,社会学に欠陥がある学問っていうのはいい例は三宅島のね,君達知ってるだろうけども,あそこ噴火したでしょ. あのとき,火山学会でその年はもう,三宅島噴火特集だったの. で,僕等も出したわけ. で,僕は何を出したかっていうと,噴火によって植生がどう変わったかっていう,いままで火山学会になかったわけ. そうすると,プログラムで行く場所がないじゃない.

岡本:
それは,発表する...
濱田:
発表するカテゴリーがないの. それで,一番朝早い時間とかね,人がいないところに放り込まれた. それで,2年目にも出したわけ. そうしたら,発表量が3分の1くらいにどんと落ちたわけね. なぜかというと,観測した事実だけを報告することが責務でしょ,普通の火山研究者は. それでその次の年はもっと少なくて数件しかない. で,それにも関わらず僕等もやってた. つまり,学問っていったいどうなのというのを考えたときにね,そのやったレポート出すならどっかの子供のレポートと変わらないじゃない. それも機械がやってくれるじゃない,ね,縮みました伸びましたなんて. そうじゃなくって,きちっと追求してかなきゃ行けない. で,最後にですね,これだけやったらどれだけいい結果がでたか,三宅島の噴火を体験した人にどれだけ返っているのかって聞いてみたら,何にもいってないんですね. で,役場の人とか学校の先生は,火山の人達が研究にあれだけたくさん来たのにいったい結果は私たちに何が返って来るんですかって聞いて,で,僕は火山学会行ってそれを聞いてみたわけ,役員に. そうしたら,いや,私たちは研究発表をしております. あとは御自由にお使い下さい. で,それがいわゆる理学. ね,そっからメディアは必要じゃないですか. で,それはメディアっていう特別な職業があってもいいと思う. popular scientistでもいいし,報道者でもいいと思うけど,でも,学者がその意識を持ってなかったら,かなり質の悪いメディアを使う虞もあるし,情報が曲がってくかもしれない. ただ,それを言ったその次の年から火山学会はね,現地で火山教室を火山学会がやるようになったの. やっぱり言ってみるもんだと思った.

だからね,そういう発言がどんどんできるくらいのずうずうしさをね,僕は見につけたつもりなんですけど. でも,僕は科学の社会でのあり方として非常に大切だと思うんですよ. で,大学で,さっき途中から話に出てたけど,大学のあり方っていうのは,やっぱり一つは先鋭化していく. 下らないこと言ってごめんね. 普通,coordinateで,縦軸横軸でものをみるじゃない. で多様性が増えて来てこういくじゃない. 右肩あがりのこうでもいいや. で,上がっていったら,このdomainに含まれているのは何かっていうと,これは一番primitiveなものを含んでるわけでしょ. いいとこだけじゃないわけ. 進化ってそうでね. いま,多様性があるっていう生物の世界ってこういう風に,こんだけたくさんある. そうしたら,ここに人間がいるんだけど,ここのバクテリアとか地球ができたときからいるこれを含めてこの多様性が重要なんであって,ここじゃないじゃない. そういう広がりのあるものの見方をね,基礎科じゃないと教えてもらえないですよ. あるいは,勉強できないですよね. これ,ごく普通に書いてあることなんですけどね,こういう読み方が出来なくなって来ちゃってる.

田中:
僕は基礎二にいるから,僕は環境化学なんですけど,その社会との接点というのをいつも嫌という程考えなきゃいけないのかなって半ば強迫観念くらいにこりゃ...
濱田:
高野先生のところなの?
田中:
はい. というか,松尾先生.
濱田:
あぁ,松尾先生.
田中:
そういうことは普通の理学部では教えてくれないというか...
濱田:
ほとんど無視されてるんですね. 言われればね,それは正論だから正しいんですが,じゃあ,誰がやるかって言うとき,じゃあ僕っていうような感じじゃありませんね. そういうわけ. でも,みんながそうしなきゃならん事はないよ. 君が必ずそうしなきゃならんことはないけども,どっかにそういうね,機能が備わってないと学問体系ってやっぱりまずいんじゃないかと思う. ね,足りないよね. そういうことがある. でも,すべてのフィールドワークがいいようになるかっていうと,そうでもないし,やっぱり世の中で,せっかく教養学科から出て行った新聞記者がたくさんいるのに,もう少しそういうね,あっちのね,つまり科学史科学哲学の人達のね,マスコミにたくさん入ってる,まぁこの基礎二もね,先輩がNHKにもいるし,たくさんいると思うんだけど,そういう人達が将来に亙って,教育っていうののeffectはおそらく10年のオーダーでしか出ないから,そのくらいになって変わって来てくれるのを期待してる. だから,藤垣君なんかがいって,あれが科学技術庁にインパクトを与えて,今度文部省と一緒になりますからね,また僕等と一緒になっちゃうけど,そういうところでいって来たものが返って来るっていうことが,僕は期待してるんです. でねぇ,実際に具体例があってねぇ,うれしいことに,この基礎科が出来る前だけど,一般教養レベルでも教えてたでしょ,文科系理科系,まぁ2万人くらい教えたのかな. その,僕は覚えてないじゃない. それがね,突然手紙が来てね,あの時言ってた先生の意味がわかりました,って河川工学の人からね,来たりね. いろいろね,ふと,教科書の中の一言をね,こういう意味ですかってわかる人が出て来てくれる. それでね,一方で地学の人からね,大学院以上の難しいことを教養学部で教えられるわけねーだろうって,そういう言い方して来る人がいる. あれだけ単純化してね,あんだけprimitiveに書いてるのにね,あれを地学の人は,あんな事言わないの. 地層が重なって,砂岩が,泥岩がっていうほうが大切だって(笑). 面白いですよ. だから,まぁねぇ,結論から言うと,そういうわがままがいっぱいできるっていう... 学問はfreedomですからね. 特に教養学部の場合には,academismとfreedomっていうのが,liberalismね,freedomというよりliberalismね. ここは今でもそうかな,liberal artsなんでしょ? このliberalっていう意味がね,学問の中で利用されるとすれば,あるいは有効に動くとすれば,今の学問がliberalであるっていうことは,社会に還元してなくちゃならない. 学問だけ自由でっていったらわがままでしょ,好きなことだけやってたら. だから,そういう意味でも教養学部っていうのが,教養課程っていうのがなくなったことに対して非常に残念に思っている. まぁ,放送大学は教養学部しかないから(笑),不思議なことが起こってるんですが. ちょっと話がずれてごめんね. あなたたちの主旨を曲げてしまったかもしれないけど.
岡本:
基礎二を作ったときの,いわゆる基礎二の理念って言っていたときに,先程の濱田先生のお話だと,あまりどういう人材を育てようだとか考えてはいらっしゃらなかったということなので,基礎二の理念って言ってたものはどちらかというと,研究理念というか,こういうものがあってもいいんじゃないかっていうようなものなのでしょうか?
濱田:
あのね,全く考えていなかったわけじゃなくて,不等号でいえばね,研究理念のほうが強くて,学生さんのほうはこれはいわば形式主義とね,つまり文部省にどういう学生が出て来るかってこれは書かなくちゃいけないんですよ. で,そのときにね,どうでもいいってんじゃなくって,非常に言い難しっていう学生っだったんですよ. それを一言にしていうべき用語をまだ私たち持ってなかったわけ,今でもそうだと思うけど. で,それをgeneralistといったらまた間違いだし,journalistっていったらもっと間違いだし,ね,何でも屋だっていったらもっとまずいって. だけど,何でも屋っていう,late specialization含めて,その応用の効く学生さんっていう言葉ない? そのmultiっていうことばあるけど,学生さんにつけるには先生達が怒るよね(笑),タレントみたいだって. だから,本当の意味でmultiな理解力,幅広いセンスを持つっていう,そういうことをもし一言で表せることばがあるんなら,それが... だから,窮したんじゃなくって,まぁ取り敢えず文部省には新しいっていうことを言わなきゃいけないから,そういう人材で例えば,シンクタンクだとかね,あるいは総合政策だとか,そういう人文社会を通じて役に立つ学生を育てますって出したわけ. それはだからあるんだよ,ちゃんと.

だけど,センスとしてはこっちの研究の方が... 学生さんは,それから啓発されてもっと広がるだろうと. ちょっと言い方悪いだろうけども,初めから僕なんかより学生さんのほうがよっぽどいいんだから,教師がこう言えばね,古い教師が言ってるんだから,やっと目覚めてね,50にして,やっとこんなことに目覚めたんだから,若い人に言っときゃそこからこーんになってくれるから,それでいいんじゃないのって言ってたんですよ(笑). ちょっと節操ないけど.

岡本:
その,作ったときにはこういうカリキュラムにしてどういう学生ができるかっていうの自体に,初め思っていた通りにできるのかっていう不安とかはありましたか?
濱田:
それはありました. それはですねぇ,ありましたっていうのは一部分あった. それは2つ理由があって,1つは我々でいいと思っても,社会がいいと思っても,学内がいいと思わない. これはすごく制度的な問題ですけど,つまり,あんな学生が何さっていう批判は他学科から出るんです. つまり,それは研究者のmethodologyであって,あんな学生はっていうのはわかる? その先生から見てあんな学生はっていうのはたくさんいるわけ,いい学生も悪い学生も含めて. その批評をね,在来型の研究で行くとやっぱり一本筋が立ってきちっとできる人,この数学もこう使える,コンピュータも使える,ね. これでいいじゃないか. そっから先は応用だ,って. その原理がわかって応用だっていう考え方はわかるんだけど,それすらできないで最初から広げちゃってあんなんで学生になるかよっていうのはものすごい強い. 特に,理学部から強かった. 工学部はあんまりそんなことなかったね. だって,理学部は第二理学部だって言うくらい敵視してるわけだから. ご存知のようにここは駒場大学であって東京大学でないっていう論理が通るわけでしょ. それから,本郷キャンパスっていうのは教授の人事の90何%が全部東大出身者. ここの教授は30何%が出身者で,60何%は外から. これだけ違う. その性格がもろに学科のあれに関わってくるんですよ. そういうことがたくさんありました. だけど,その最後の僕の言いぐさでわかるように,結構あのままいい人ができるに決まってるって言ってたら,本当に1回生2回生3回生といい人がたくさん出て来て,それはひとえに学生さんの質がよかったから. で,理解してくれた. それで,僕等にも批判はあったよね,多分. 先生あんなこと言うけど先生がわかってねーんだからって. うちの基礎科第二に来られてすぐの先生かなんかが講義して,やってる最中に学生が「先生,違ってまーす」ってやられたことがあった(笑). 学生さんのほうが優秀なんだ. で,それはね,数字が違った,計算が違ったって言うんじゃなくって,やってる最中にゼミの中とかね実習の中とか他の先生と接している,つまり複数指導教官制でしょ今でも,ね. それで,多様性っていうのがいやでも身に付く人には付く. っていう,ここんとこね,人材頼りなの. だから,適性を選んでるその選び方も,クールに言えばあるんですよ. だって,進振りのときにさぁ,うまくわかれて来るかどうかわからないよねぇ. だから,2次3次と篩分けられて来るのがあって,しかるべきだし.その方が僕は学生さんにとっていいと思ってる. で,実際基礎二に入ったけどまた出て行った人もいるじゃない. 僕の例だと1回生で筑波行っちゃった子がいたかな. だけど,結局元の鞘に戻って,むこうでいい仕事してますよ. なんだかんだ言ってねぇ,こちらから合わないといって出て行って,よく見るとおんなじことやってるっていう,そういうのうれしいですよ. 反発してね,反発するっていうのはおそらくものすごく消化力あったと思うんです. まぁ,具体的には今,工藤君. 知ってる? 今,体育にいる. 体育に工藤君っていう女の子,君達の先輩がいるんだよ. 陸上競技,僕も陸上競技やってたから. その人がね,ここに入ったんだけれど,ちょっと向かなかったわけ. っていうのは,体育系となかなか折り合いっていうのはつけにくいじゃない. それでね,そのセンスをもって体育の生命何とかっていうあそこね,そこ行ってね,今すごくよくやってる. だからね,僕はそういうことでも全然構わないと思う. それが実際にねぇ,駒場の先生の信条ですよ,かなりの. なぜかというと,駒場は教育機関である,と. で,自分の弟子っていうのは大学院以上でないと持てないから,学部の学生っていうのは本当はいないわけ,教養学科とか除いて,こことか除いて. だから,これができるまでは僕の弟子って全然いなくて講座もなかった. 僕の卒業生って誰もいないわけね. その,最後の5年間を除いて. だから,その中で,突然昔の人がなんか言ってくれたりすると,で,僕はその人を弟子とも思ってないし,育てたわけでもないんだけど,言いたいことがね,繋がってたって言うことに教師は喜びを感じるの. それは,もっと集約されれば基礎科に大きくあるわけね. 言ったことがね,全部吸収される必要はないわけ. 誰かが引っかけてね,誰かが引っかかる. それが僕の言うところの,情報の選択性っていう,メニューをいっぱい揃えとけば,その中でいっぱい拾ってくれるじゃない. で,そのセンスが今,博物館にもあって,博物館のメニューをそろえとく. そういう,僕は僕なりの筋を通してるわけ. で,基礎二は外から何と言われてても,メニューが多いっていうことは大切だし,その中でそれをぴったり教えなきゃいけないっていう理由は僕はどこにもないと思うし,教師はそんなに資格ないと思う. だって,教師全部揃えたって,世の中のことすべてわかるわけじゃないじゃない. だからこそ,外国で,例えば僕はカリフォルニア工科大学(CIT)の研究員でいたんだけど,あそこはもう節操なく国外からの人をね,集めてね,ノーベル賞がすごく多いでしょ,MITとおんなじで. つまり,そういうflow,学問のflowがあるから,そこに啓発されるわけなのね. これが固定化されるって言ったら学生さん可哀想じゃない,一人の教師のことばっか考えてたら. で,知らず知らず情報って擦り込まれるから,その先生の弟子は出来るよ,確かに,直系のね. だから,そのジャンルにとってはいいかもしれないけど,もっと広く見たときにね,もう少し多様性があった方が僕はいいとおもうんだけどね. それはねぇあの,ちょっとこじつけになるかもしれないけど,地球の生物界って多様性がいっこうに減らなくってね,いっくらいっても多様性が増えて行くっていうね,まぁ,エントロピー理論でいくとそうなるのかもしれないけど,不安定性が高くなって多様性が高くなるっていうこの傾向は,やっぱり人間は素直に受け止めて,多様性があるっていう,本来多様性持ってる人間とそういう場があるっていうことは保証されていいと思うんですよ. で,一人がmultiになるという意味じゃなくて,広めとけば専門家も出来るしmultiも出来るし,そういう選択性っていうか,なんていうのかなぁ,選択の自由っていうと変なんだけど... やっぱりこう,それが本当のliberalな学問社会じゃないかと思うね. どうせ,教師は無駄です. 教師はもう固まっているから. だって今更変えられないよ.
田中:
下手に学問をスパスパって切っちゃうことは...
濱田:
いや,それも一つね,そういう適性のある人だったらいいと思うんだけど. だから,僕は今,人材のスペクトル論で言ってるのは,学校教育の中でそうなんですけど,要するに,人間を社会であの人は文科系だとかあの人理科系っていうあの分け方ね. それはもう間違ってるんだよ. もし言うんなら,スペクトルでこっちのスペクトルからこっちね,100%,0%で,0%,100%って,こうなってていいじゃないって. でね,ときどき有馬さんを冷やかすんだよ,文部大臣の. 先生は物理学者ですか俳句の先生ですかって. いやーとか照れてるけど,じゃあ,文科的100%理科的100%,bimodalですね,って(笑). ってそういうことだってできるわけ. で,もう少しそれを学問的に行けば,もう社会学と理科っていうのを分ける必要ないじゃない. 今まではそれでよかったんだ. で,それも通用するっていうのも確かなんだ. で,そうなったときに,非常にフゥワーっとしたものが入って来る. だか地理が入ってきたのはすごくいいと思ってるんです. ここの地理は本来理科系の人ばっかり. 人文地理って言いながら出身全部理学部ですよ. 田辺君辺りを筆頭にしてね. あぁ,彼はもうやめちゃったのか...
岡本:
先程のスペクトルの中でいろんな筋があるっていうお話で,専門で筋を通してくのも大事だし,だから,そういうことはある分野の専門家,例えば物理学の専門家や何とかの専門家っていうのを作っていくっていうか,そういうのも大事だけども,そういうのじゃなくても,スペクトルが広いような,さっきの濱田先生のお言葉だと,multiみたいな形のもいいんじゃないか,と. で,そういうのを,先程のことばで,generalなのがspecializeっていうような形で...
濱田:
うん,generalな方向へのspecializationね.
岡本:
で,そういうことと繋がってるっていう...
濱田:
そう. 全くその通りね. だから逆に言うと,その学科を作るときにね,その要件さえ揃っていれば他の学科が新しくできる学科を批判するって言うこと自体が,コンセプトとして間違ってる. まぁ,多様性を増やすわけだから. その,何かの中で使うっていうことだったら,いろいろな家庭事情で,お家の事情でじゃぁ止めたほうがいいよっていうのはともかく,そこで発展したいっていうのがあったらねぇ,やっぱり他の学問分野に対して口を挟むべきじゃないっていうの,思うんです. だから,大部分は後喧嘩しましたけどね. そのときは深く思いましたね. なんで俺達がやりたいっていってるのに,なんでいけないんだって. わがままよりも批判してそれがダメだっていう論拠はいったい何だろうっと思って. 学問的に未熟だっていうならわかるけど,そうじゃなくて,新しい今まで自分達がやってない知らないとこをやるんだったらいいじゃないのって任せるのが普通でね. それは例えば文部省だと,ある基準を設けてそこからいいわるいって言ってるけども,それも僕はちょっとやりすぎると,orientateされるわけだし. 上から下の学部まで必要ないっていう論理もあるけども,今度全く逆にね,今福祉の時代だから福祉っていう名前付けて作っちゃえ,ってああいうのは僕は困ると思うね. ニーズと学問の性質とは別だからね. だから,そこのところで,学問の独自性っていうのがきちっとそこで持ってないといけないわけだよ. そこがおそらく,基礎科の理念としてね,批判されても平気だし,その時流に沿ったからできたっていうのでもないし,そうであってほしいと思う. ただし,流れとして当然,いろんな,そう,システム学だって新しい学問だし,で,そういうものがあった流れの中で必然的に出来ていったっていうことは言えてもね,どうもその,ある学問分野が成り立つ成り立たないとか,あの,学科は何とかとかいう批判はあんまりすべきでなくって,あぁ良かったねぇ,面白そうねぇ,っていうくらいの度量があった方が研究になるんじゃないかと思うんですけどね. そうするとそれはつまり,generalizeにspecializeしたら幅ができるんじゃないかな. 要するに,なんて言うんだっけ,capacityじゃなくて自由度ってなんだ,包接力とか受容力って,yieldか. ねっ,yieldが大きくなる. 受け入れるって言うかね.
岡本:
そういう理念と言うか初めに持っていた考えっていうのは,濱田先生はずっと基礎二をやって来られて,ずっと持続していくことが出来ましたか?
濱田:
濱田先生 あの,幸いに,幸いって言ったら怒られちゃうかなっ,僕ねー,わがままな人間なんですよ,B型でね. あのー,going-my-wayのところがあって,性格的に. それでもともと出身が,複雑系やってたから,抵抗がないでしょ. だから僕は出来るだけ,僕のやりたいようなことを学生さんの前で示すっていうことが,たぶんいいことだと思ったから,本当にやりたいことをやってきましたね. だから,古生物やってるのに生き物のほうに入っちゃってね,生物のほうの人よりも分類的だとか生態的なところでも深く入っちゃってるでしょ. 今の放送大学でも僕の担当してるところは生物のところまで全部入っちゃってます. 生物のとこを実は侵してる. だから,そういう意味では,領域からすると非常にやっかいな存在なんですよ,邪魔なんですよ. 学科を超えちゃってるから. だって,僕は化石を扱ってるのに,化石って死んだ石で終ってればいいっていう論理は何もなくって,昔生きてたんだから,その生きてたときどうだったのって生物にのめりこむのは,まぁ僕とすれば当たり前と思ってるわけね. そうすると,僕はサンゴやってたから,珊瑚礁にのめり込むわけ. そうすると,珊瑚礁をやってる人が少ないとこにいくと,僕は生物の領域に入っちゃうわけ(笑). で,こういうのがね,横にspecializeしたって言ってもいいんじゃないかと思って. つまり,化石のところは地学なんだけど,それがその生きたものとして扱えればそれは命ですから,それは種が決まっただけじゃなくて,どういう風に生きていたかっていう環境,古環境ですから,それは今の環境問題でしょ. そういう風にいろいろと繋がっていく. だから,僕のあれ,みてくれた? えーっと,僕が退官のときに,清野先生が作ってくれた退官記念論文集あったでしょ. あれの折り込みがあったでしょ. 変なデンドロイド...
岡本:
樹形図みたいな...
濱田:
そう,樹形図. あれみたいにね,ある一つの基点から,ぶあーって分かれていったものがね,僕の中で全部一緒なわけよ. で,専門性が低いっていわれればそれでいいんだけど,まぁ,それなりに発言できるところまで使えて,大変楽しいよね. だから,そういうところはもう教育者としては何も申し上げられないけど,自分というものを見ていくときには,そういう分野の広がりだとか新しいところ,自分にとってよ,自分にとって新しいことができて,それが人に跳ね返って,珊瑚礁のときは珊瑚礁の学会でもいいし,カブトガニではカブトガニでもいいし,地球物理なら地球物理のとこ行ってもいいし,っていうような,自分がenjoyできるっていうのが,それは僕の大きな財産だったと思う.

で,結局,大学・大学院終って,社会に出たって,あなたたちもそうだけど,一生自分で何かのcharactarization持たなきゃいけない訳でしょ. で,そのときに基礎二の意義を感じてもらえばそれでいいと思う. で,卒業生を出すっていうのはさぁ,だから僕困るところね. 売り込み先で終ってしまうcharactarizationでしょ. 制度としてはそれはrequestされるけど,もっと大きく教育ってさぁ,その人の一生にね,何だかんだ影響与えてったっていいじゃない. それがほんとの教育,プラス今の生涯学習に繋がるでしょうね.

田中:
これは僕の個人的な経験なんですけど,基礎二はやっぱり授業でも,いろいろコンピュータだとか対象系だとかでいろいろ教えてくれてるし,あといろいろ実習とかも工場行ったり研究所行ったり,あと,僕恐竜発掘とかも行かせてもらったり...
濱田:
あの,勝山の.
田中:
はい. ああいうのとか,まぁ,とにかくいろいろ,確かにメニューが豊富だっていうのもあるんですけど,なかなか,まだ勉強してないからかもしれないんですけど,何かそれがまだ濱田先生のような全部が自分の中で活きているようなことにはなかなか繋がって来ないなぁーって...
濱田:
それはねぇ,誤解してもらっちゃ困るんだけど,メニューっていうのはね,非常に恣意的な発言ですよね. だから,自分が欲しいものがあるときメニューが揃ってるっていう言い方をするんだよ,ね. で,何にもわからないとき,それはメニューがあるとは思えないわけ. これは認識差だからさぁ,あんまりそれは気にしなくていい. それにもう一つね,この学校の中でメニューが揃うなんてことはないわけ. だって,レストランにいってさぁ,安い駅前のレストランとね帝国ホテルにいってね,メニューが違うなんてこれはしょうがない. だから,それは場の違いであって,だったら,その基礎二でやるのはね,その他のところでやるより広いっていうメリットがまず一つある. で,その基礎二のメリットを活かして,例えばある学会やその恐竜なら恐竜に行ったときに,そこで見つけるまた新しいメニューのどっか場がね,あるわけ. だから,そこに進学するんじゃなくて,そういうところと自分が関わりを持つという,緩い学問的ネットワークがそこにもしできたらいいかもしれないし,交友関係でもいいし,とんでもない面白いおじさんがいてもいいし,あのそういう幅が増えていくっていうことに対して,まぁ,僕はこの頃子供相手にしてるからあれでしょ,諸君を子供扱いして申し訳ないけれども,なんか感動だとか驚きだとかいうことで繋がってしまってね,啓発されればそれでね,もうかなりうまく行ってて,で子供には先がわかんないけど,君達くらいになればそっから先何ができるかっていうのはやっぱりある時期から見えて来るわけ. で,自分で取捨選択できるから,今回これはやめとこう,でも,そういう経験があったっていうね,どっかにしまっといてくれりゃそれでいいわけ. で,あらゆるものを使おうなんてそれは贅沢じゃない. だから,可能性を広げるという意味でメニューがあるっていう風に考えればね,ここに置いてあるメニューが揃ってないからそれが学科としてうまく成り立ってないっていう言い方は,それはちょっとカリキュラムっていうものを間違えているんじゃないかな. 既成のカリキュラムだったら,実習1から2まで全部取ってこうやっていくとこういうテクニックの人が出来て来ますよ,遺伝子操作が出来ますよっていうんならそうでもいいけど,そうでなくって,もうそんなものはどこの大学行ってもできるからさぁ,うちにいて出来なきゃ東海大行ってやっちゃうとかね. そういうこと大体やってるでしょ. ああいうのは基礎二っていいとこですよ. だから,基礎二は特にハード持ってないからね. 全く工学的なことだとかそういうこと出来ませんから,そういうとこまでここで揃えようと思ったら一つ大学作らなきゃいけないし.

だから,僕はカリキュラム批判っていうのは非常に難しいと思うんですけど,批判をするのは簡単だし,批判するっていうのはどっか規範があって,その規範っていうのは結局在来型の規範であったら,もう批判の対象にはなりようもなくて,その新しさの中に多様性だとかその不十分性であれなら,きっかけを作るっていう評価っていうのは何とか性っていうのがないんですよね. 発展性とか萌芽性とは言える. 発展性ということばはあるけれども,制度的にそんなものは認められないから,ああいうのは僕はナンセンス論だと思うんですよ. それは,インチキのカリキュラムっていうのは別にしてね. ある程度考えられたものっていうのはやっぱりそこに意味があって,で,そのかわり,それが実現できなくちゃならないから,おそらくはこれからの大学院化で,全国の総合大学院化でいうと,そのclassifierがいっぱいできるから,あんまりここの学科のね,中で閉じてる必要はなくて,ここの学科はこうで,うちのカリキュラムはこうだって,よその大学とこうやって打ち出してみると,おぉここにあるじゃないかって,じゃあ行こう,ってそこいって登録,ってなるよ,実際に,制度的には. だから,基礎二の理念っていって東大の中の基礎二だっていったらもうダメでさぁ,やっぱりどっかの中の拠り所になってくれてね,北海道からも来るし,その中でこうやって入れ替わってく. で,それが仕方ないで,人材不足やいろいろな制度不足で,四国には四国大学院っていうのがあって,高知大学・愛媛大学って総合大学院になってこうやって持ち回ってやっていってますから,そうやって地域限定のために出て来たんじゃなくって,もう少し内容から見て,これはここ中心,例えば人類学だったら京都大学を中心にってね,それが大学の学院化の本当のね,姿で,大学はそれぞれあっていいけど,大学院っていうのはこーぅいう風になって... だから,大学院がこう細くならないで,横へこう広がってキノコ型のがあちこちにあると,キノコ雲とキノコ雲がこう重なるじゃない. そういうね,まぁ集合論で言えば,こうなってこう重なりがあるところまで行ければね,そういう発展性のところまでいける. これは制度的にはおそらく後数年したら動くんじゃない,文部省のほうで. だって,科技庁と完全に一緒でしょ? そうすると,工学系の方で,まぁ一部大学制度のほうから研究所を出しちゃうこともあるけども,大学院がうんと充実されることは事実です. 予算以上にね.

田中:
科技庁と文部省が一緒になる...
濱田:
そうそう. だから,それは時間の流れから,リストラとか不況とかあると思うけど,そういう流れにとってもちっとも怖くない存在だと思うんですよ,基礎科のもってる持ち味は. 本来の持ち味はね. で,学生さんもそういうのいっぱいでてきてるから. 卒業生の就職先のアンケートのデータを持ってると思うけど,すごい散らばりがあるとおもうんですよ. だから,そういうものを一種のability,適応abilityね,adaptive ability,っていうのかしら... そう,人間として将来どっかの時点での強い大きなadaptability.... うん(笑). それが,他のとこよりはやっぱり先鋭化してるよりはまぁアンテナを広く張ってた方がいいという,確率論的にもね,言えるし,それでしかも深みがあって. それに,他の大学では言いにくいんだけど,やっぱり東大生は東大生ですよ. よくできる,基本的に. だから,それがまずい面で出て来ると,言われたことは何でも出来るけど,言われないと一人でやれないっていう,悪い面がいっぱい他の学科でも出てると思う,理学部に行っても. 言われた通りにしかやらないもん. 何にもそれ以上やらないもんね. だけど,基礎二はそんなことしてられないからね. こうやりたいことをやりたいようにやる人が集まって来るような,そういう,まぁ宣伝をしてるのかなぁ. まぁ,少なくとも清野君を見てればそうなるわね,面白そうだろうって(笑). だから,そういうキャラクタが全部じゃなくって,何人かそうやってね,で,それに惹かれて来る人がやってみて,まぁ合えばいい,と. 合わなかったら,後,テーマのとこで,じゃあ今度もう少し深めてみるかと,今度こっちやってみようとかね,そういう風に持ってくんだよ.

なんか,一種の学問の遊びっていうか,いわゆる学問遊戯場っていうのはないんだけど,僕は博物館のとこでね,学問性の高いものとね,アミューズメント性の高いものの中間にね,いわゆる,こっちがアミューズメントでね,こっちが学問性の高いものでね,その中間があると思うんですよ. それを,educationと合わせて,edutainmentって言ってる. で,これは小さい子供にも当てはまるし,大人にも当てはまることばだとおもうんです. つまり,面白さっていうのが学問の中でとにかく大きな要素だと思うように,このごろひしひしと感じるんですよ. 例えば,卒研やっててさぁ,面白くない卒研ってやっぱりやってても面白くないと思うんだよ. 言われてやってるようなものだったらね. あるいは,処理してこれをこうして,いついつまでに処理しなさいっていうのとは違ってね,それが面白くなってくればいいけど,もう,これはおもしろくておもしろくてってどこの先生聞いても,自分の仕事は面白いからやってるんですよ. そういう意味で変な理屈つける...それはノーベル賞取りたいっていう人もいるかもしれないけどね,そういうことよりもねやっぱり,真理を追求するっていうよりやってることが面白いっていう方が多いと思う. そのedutainment性,それを僕はガクシュウっていってもね,ガクは音楽の「楽」にね,シュウは修めるの「修」っていう「楽修」っていうことば使ってるんですね. そういう楽修性っていうのは大学にあってもいいと思うんですよね. 楽しんでやれるっていう. そんなものが基礎科の中にある,潜在的にあるんですよ. だから,これは基礎科の創立当時にはそんなことを言ってませんよ. どうも僕は分解能が悪くって先のほうに行っちゃったけど...

岡本:
例えば,今までの既存の,例えば理学部とかでの教育っていうのは,もう体系化されてしまって,もう閉じてしまったような理論体系のものを講義して,そういうものを段階を踏んで行くようなイメージがありまして,そういうのは,もう全部わかってしまっているところで閉じてしまっているので,先程の濱田先生のNHKの番組ではないですけれども,open-endになっていないっていうところで,その中から問題を見つけて行こうとか,問題を発見しようとか,新しいことを考えて行こうっていうのがなかなか難しいことのような気がするんですけど,今のedutainmentっていう考え方とNHKの番組のopen-endっていうところが,何かわからないところがあるから,複雑でとっつきにくいから面白いんだっていうこととすごく関係してるところがあると思うんですけど,いかがでしょうか.
濱田:
その通りです. ただね,君が今言ったように,そこまで行ってないと思うのは,理学部だって結構発展性のあることしてるんですよ. やってるんですよね. やってるんだけどねぇ,制度的にね,保証されないわね. 例えばね,進振り考えてごらんよ. あの,うちは今は制度的にここでは基礎二っていうのが先行してるから,宇宙地球科学教室っていうのは,一般教育課程だけの名前でしょ. 制度的にはそうなってるわけ. それで,そこに対して本郷が要求するのはね,あーんたのとこでちゃんと教育しないからうちにいい学生こないんだよっていうこと言うわけね. つまり,理学部の地質学教室はうちからね,もうかなり素養のできたいい人送り込んで来たら,うちで専門家にするからって,そういう発想なわけね. もう,それはちょうど基礎科を作る頃の発言ですけれども. 違う,僕等は文科生まで教えてる. だから,教育とねそういうこと,全然違う. もし大学全体がそうだったら,教養学部ってね,technocratを作る下地に過ぎないのかって,そんなことを我々に要求するのかって,大喧嘩しました. そういう風な制度的な問題があるわけ. 来たものを本郷は受け取って,置きたかった. じゃあ,うちで鍛えて上げようって,鍛えて上げるときに新しいこともいっぱい入れて上げる. だから,そういう風に専門家集団を作ろうとすると,これは例えばあそこは年間15人とか20人でしょ? 何千人の中から20人だけ選んでそれを作るっていう制度で持っていったら,駒場っていうのは全部下請けだから,今もう縦割りだとかその虞があるんだけど,そういうことしてたらね,発展性ってないです.

だって,そのさっきのスペクトル論で言ったら,可能性がまだいっぱいある子供達にね,入ったばっかりの子供達になんか知らんけど点数だけでここに行くことになっちゃったって言ってねぇ,悩みますよねぇ. だから,途中で挫折してこういく,まぁこの中だってあって,僕は学生担当やってたんだけど,文科に入った人だとか理2に入った人が来て,どうも合わないからどうしたんだって聞いたら,いや,だって,塾の先生がおまえの点はこれだからここしか行けないって言ったから入ったんです,っておまえは好きなことやれよって言うことね,何回も言った覚えがあるんですよ. で,だからそういうその,何でも言われた通りにできる東大生っていうのがね,あるわけ. その人達はどこいってもできるんです. で,その人達はどこ行ってもできるから,そこ行ってしまったのは幸いだったのか不幸だったのか考えちゃうんですよ. で,それはね,僕は課外授業でね,見て来た. っていうのはどういうことかっていうとね,基礎二をやりながら僕はゼミを開いてましたから,文科系の人にね. そのゼミがいまだに続いて毎月やってる. そういう人達のジャンル見たら広いですよ. みんなそれぞれのとこ行ってる. で,それはそのゼミの中で面白がってやって来て,その中のこういうとこ行きたいって自分で選択して決めたから. それはとてもおもしろい. だから,そういう風になってくのを増やすって言えば,やっぱゼミの効果というか,ここだけじゃなくて教養学科もそうだと思うんですけど,大学の教育っていうのはカリキュラムで縛られるんじゃなくって,さっき言ったメニュー・自由度を増して行くっていう,ていうところを売り物にしてくっていう教養学部の精神が縦割りになってもなにか繋がって行くような模索されていっていいと思う. そうすると,基礎二って確かにそれができる. 教養学科もできる. 基礎一はちょっと違う. なんか違うでしょ, という気がします.

だから,理学部があそこはもう完成しちゃってダメだっていうんじゃない. かなりいいですよ. だけど,そこにいく人がね,ここまで来ちゃったらしょうがないじゃない. だけど,ずーっと大学院でこうやって行かないとね. それ今いくつか起こっていて,地球物理と地質の間でこうあったり. そしてご存知でしょうけど,地質ならずとも,東大の大学院の半分くらいが中の人,半分以上が外の人. 成績は外の人のほうがいいんですよ. 中の人は甘えてて,点数が悪い. 広域システムでも外の人の方が出来る. あのー,語学ができるから,語学で点は稼いでる. あと,一般教養でね. 語学で点は稼げるんだけど,専門性にいたっては外のほうの人が絶対よくできる. それはシステムの違いで,だって,横国大学って1年生のときから専門化してやってるからね. 良かれ悪しかれ,よく具体的に知ってるわけ. 手数,場数を踏んでるわけ. だから,多少言い訳になるかもしれないけど,理学部がそんなに悪いってわけじゃない. 悪いんじゃないんだけど,制度的なもったいなさがあるというべきかな. 活かさなきゃね.

田中:
基礎二も進振りの上に乗ってるっていうのは変えられないわけだから...
濱田:
それはそうだよね. だけどだってねぇ,東大生でねえ,70点と90点じゃそんなに変わらないね. いや,点数上げることでやってってもいいけど,面白いこと見つけて点数低いんでもいいじゃない. もっと極端にいえば,1年くらいだぶったっていいじゃない,という発言も教師の方ではでると思いますよ. ただ,僕は進学振り分けで困ってますっていう人はほっとけなくて必至に押し上げましたけど(笑).
田中:
そういうクロスしていく時代の中で,ここの学科も売りを考えて行かなければならない,っていう...
濱田:
そういうことですね. で,そのときにね,売りの中に古い言い方だけど,教養学部的な,一般教育的な意義でのgeneralizationに興味を持つような場は結構大きいです. 制度的には教養学部なくなったけど,今残ってるのはほとんどが私立ですよね. 私立は教養学部残してます. これはやっぱり世の中の常識アップを図るっていうのを国の文化の力だとするとね,博物館だとか教養学部っていうものが誇りを持って言える国じゃないとやっぱりダメでしょ? 日本の場合は博物館を全然誇りにしてませんからね. 日本は,それほど文化の力がない. これはちょっと話がそれちゃうけれども,日本の博物館っていうのはみんな余戯でやってるし,博物館法っていう法律で規定されているけど,なにすべしっていうのがないんですよ. 要するに,見せておけばいいっていうね. だから仕事がないわけ. 学芸員がいるけど学芸員の研究っていうのはその他の項目っていうところに入ってるんですよ. ということはね,これは非常に自由度が高いんだけれども,制度的に何もないからこれから生涯学習で非常に役に立つときがくる. 場としてね,メディアとして役に立つ. 運営だけで,あんまり人寄せとかしなくていい. ところがね,大学はね規定が過ぎてね,動きが取れなくなって来てるんですよね. だから,大学が博物館化する必要はないけれども,その大学のそれぞれの持ち味を利用した,幅のある文化レベルを上げて,そして博物館が例えば国のレベル,あるいは博物館とか国立公園っていうのが外国では非常に地位が高いんだけど,日本ではほとんどないわけ. っていうことなんか考えるとね,例えば,博物館には天皇陛下とか皇室の方はね,よく見えるわけですね. 好きだから,天皇一家はね. でも,総理大臣って一度も足を運んだことがないんだよ. 面白いでしょ.
田中:
他はそんなことないですよね?
濱田:
外国ではね,例えばホワイト・ハウスは博物館を利用してパーティーを開くとか,もうほとんど政府といったいになってますからね,常識的に. そのくらい違いがある. だから,僕が言ってるのは,そういうこと. 基礎二的な発想でgeneralizeされたっていうとこからgeneralizationをspecializeしたっていうspecialistができる以外にね,この思想っていうのが,メニューが増えるっていうのが,国立大学でなけりゃね,おそらく私立がね,かなり持ってくと思う. それが国のレベル上げるもん. 例えばね,防災・災害についての常識だとか,食料問題・人口問題についての常識って,日本人非常に低いよ. なんとなくね,経済体制としては高いけど,一人一人意見聞かれたときに,例えば世界の人口問題について発言できる人がどこまでいるかというと少ないですよね,日本の場合. だって,大学の中で人口問題っていうことばだって聞くチャンス少ないでしょ? 君達聞いた?
田中:
いや,人口問題は一番どうにもならなくて困ったねって....
濱田:
っていうことだけ聞いた(笑)? それは何かっていうと,つまり地理学っていうのが人口を扱っていた日本の中の中軸だったんだけれども,それだけじゃ済まなくて,医学ですよね,今. そして,食料問題. 農学部でも扱ってるし,すべて扱ってる. だから,UNESCOの機構だとかっていうことを考えると,まあ,この基礎科第二的な発想っていうのは,そういう今の国連とは言いたくないけど,要するに地球環境問題を語るときの,悪いとかいいとか言うんじゃなくて,あの多面性をね,カバーする,要するに問題解決型の常識を持ってないとダメなんだってことなんだね. 売りとして,やっぱり地球を考えるっていう,それは化学にいこうと文系にいこうと生物に行こうと,地球っていうターゲットが,まぁちょっと僕が地球やってるから誤解されるとあれなんだけど,やっぱりそれくらいの広がり持ってないと. 生態学にしてもね. で,地球っていうのは,specializeの方じゃなくってgeneralizeの方だから,常識の範囲ですよ,外国ではね. だから,外国では地球科学っていう学科がなくなっちゃったわけ.
岡本:
そうなんですか?
濱田:
環境学科になって平気でいるわけ. で,実質とってるわけ. でも,日本の場合,地学教室っていうのが残ってて,そこで環境やろうしてカリキュラム見ると地学教室がやってるわけ. 全然合ってない. もう,それは学問の違いの歴史だねー. だから,うちも,地学も,入試でなくなっちゃったらそうなるかもしれませんね(笑).
田中:
うちの学科はそうですね,環境問題なんかやりそうなんで来ましたっていう人,結構いますよね.
濱田:
ただ,環境問題って言ったって捉え方がいろいろあってね.
田中:
実際に,本当にやれるかって言うと,難しいところがありますよね.
濱田:
だけど,環境問題考えるときに,大切なのはコンセプトなんですよね. コンセプトなくてそれをいじると,だからtechnicalに,例えばエネルギーがなくなったからエネルギーを作りましょうって言って,核融合反応か何だかで,常温でやって,で,余った熱どうするのっていったら,熱汚染が起こるわね. そういう,いわゆる,大きな意味でのシステム的な発想でいうと,何やった,何がダメになるなんていうのは大体興味があるじゃない,普通. それをやるっていうのは,だから平澤さんって,学問的な意味での政治というか科学技術政策論っていうのがね,日本ではほとんど教えるところがないから,文科と理科の大きな接点で,彼はもう最後まで,おそらく僕が辞めてからも講座が欲しかったんじゃないかな. 講義項目をね. だけど,ついにできなかったでしょ? でも,皮肉なことにちゃんと文部省でいっしょになるわけだから(笑).
岡本:
一つ思うのがですねぇ,濱田先生はずーっと古生物のほうでやってらっしゃって,50の手習いというのか,そういうところでシステムの勉強をして,そこからいろいろ話を広げていらっしゃったんですけども,つまり,一つのまず専門的なところで名前をあげてというか,しっかり筋を通していったところから,ばーっと先程の話だとT字型とかキノコ雲みたいな形でやってらっしゃったんですけど,それが教育として,教育としてっというのは基礎二の学生として,そういう形に出来るかどうかっていうのは疑問があるんですけど,初めに筋が通ってて広がるっていうのはならないですよねぇ. だから,どちらかというと初めにばーっと広がって行って,ばーっと広がったまんま,っていうか,そんな形のイメージなんですけど,そこら辺の違いというのは...
濱田:
それは賢い指摘でね,僕自身も聞かれたから,僕個人のヒステリシスとしてそう言ったんで,これは教育体系でそう言ったんじゃないんです. で,基礎二がこの中で,そういったことをどう実現していけばいいのか,あるいはしてけるのかっていうのはまた別の問題でね. それは僕は,一つは大学の教育制度っていうよりは,高等学校までのね,その素地を含めた教育までも含めて考えなきゃいけないと思うんですよ,教育体制全体がね. だって今,高等学校は,まぁ君達がどうやって来たか知らないけども,やっぱり受験っていうね,奇妙なバイアスのかかった生活を送るでしょ? そうすると,それは科学分野なら科学分野,歴史なら歴史のメニューをこなしてある程度の水準を高めたっていうところまではいいんだけど,本来人間が一番伸びていかなきゃならないし,あるいはもう少し,これ皮肉的なことになるかもしれないけど,自分で考える時間の年齢ですよ,ね,中学校から高校っていうのは. その時間に我を捨ててね,邁進して,で,大学に入って来てさて何しましょうかってしたら遅いんだよね. だから,もしそれやるならねぇ,基礎二に入ったとき辺り,あるいは教養学部に入った段階の1,2年生っていうのが,まぁ昔でいう高等学校というか,全人格的っていうことばがいいか悪いかは別として,その自分を見つめ直してね,自分のabilityを探してみて,東大に入ったっていうabilityはわかるけれども,それは入学試験を突破するっていうabilityはかなり,まぁウエイトはいくつってわからないけども,50/50を超えてると思うんですよ. ね,70とか80とかいってる可能性があるんですよ. だけど,本当に自分が何かをしたいかっていうときにね,そこで自分の特性を発揮するのに,どうしたらいいかっていうのを探す時間にね,持つべきだと思う.

となると,普通の教養学部の一般のカリキュラムなんだけど,そういうのが理念的に入ってるけど,やっぱり縦割りの筋が来てしまってるから,非常に見えにくいわけです. で,さっきから学生相談やってるって,一人で3人や4人の大勢を相手には出来ないから,結局みんな単位に走るわけ. 取りやすさとか,多少自分の趣味っていうか興味っていうか,あるいはお医者さんでいえば自分のほとんど決まってしまったルートで,お前は理3だよっておやじさんが言うんだとか. それ以外には,幅が広すぎるがゆえに,能力があるがゆえに,自分が発見できなくて行く教養学部の今のあり方の中では,基礎二はまだましだ,っていうことも言えると思う. 上が見えてるし,変な人がいっぱいいるからね. だから,そういうところに共感を覚えて来る人達にとってみれば,やっぱり基礎二の理念っていうのはgeneralizationっていうことばがあんまりよくなければ,そのいろいろなことに,問題解決型を含めて,目が開ける教育制度が置かれてますよっていうことを広告しても嘘ではないし,で,また僕は50になるまでこういう風に来たけども,そういうヒステリシスと関係なく,もともと能力が高いっていうことばで保証されてるんだから,そっからね,自分さえ発見すれば早いと思うんです. だけど,発見しないからね,いつまでもグズグズグズグズしてることがあるわけなのね. 最後に基礎二を出て行くときまでもグズグズしていた例もあるよ,それは. 出来すぎてね. あるいは,出来すぎてっていうか,ある一つのことに,一つのことっていうのは広がったことにもあるいは狭くなったことにもそうですけど,なんか乗り切れなかったっていうことあるんじゃないかと. それ,他の学部にいったらもっと激しいですよ,正直言って. もうそれはねぇ,こんなとこに行くんじゃなかったっていう苦情はたくさんあります. うんとねぇ,先生がまた放り出すとこもあるんですよね. あいつはもうダメだと思ったら世話しませんからね,たくさんいるところとか. そうすると,あともう点数だけになってっちゃうじゃない. だから,意気込みがあるっていうとこと,これをやるっていう自己発見っていうことができる学科ですよっていう広告はできないかなぁ(笑). まぁ,自己適性っていうのかなぁ. やってみませんかっていうくらいの,それくらいの,今だったら,今基礎二で担当してたら言っちゃうな. 当時は言わなかったですね,ちょっと.

岡本:
そのような自己発見できますよ,とか自己適性を見つけられますよっていうのは,学科の広告として学問体系にはそぐわないとか,科学ではないとかっていう....
濱田:
そうですよ. 切口が違いますからね. だから,使い方としてはね,学問体系を並べて,その横にここで自己発見をやってみたらっていう,そういう勧誘の文書ですよね. だから,片っぽで学問体系に何をならべるかが問題だな(笑). でも,それはそれなりに今までやってきたことで出来なくはないと思うけど. ただ,ことばとして難しいのは,僕はそこで,地球環境って言う人もいるけども,地球環境っていうことばのイメージがね,いまだに学科のそれぞれの専門の人で違うからね. 例えば,よく理解してる嶋田君も,地球環境っていったら全然違うイメージを持つだろうな. 彼は,生態学者,実験生態学者だからね. 地球の中での何とかゾウムシの位置づけなんかっていう考え方よりも,数理的に挙動をどうあらわすかっていうことの方が重大であるから. いいんですよ,それでもちろんいいんだけど,何か,うちの看板で地球環境を目指して何とかっていう看板は掲げられないですよね. 共通項としてあがらない.

それで,基礎二ができてから何年になるんだ? 15年...

田中:
いや,18年です.
濱田:
で,10年史ってできたの?
田中:
10年史ってちょっと....
岡本:
え,そういう話ってあったんですか?
濱田:
あったさぁ.
岡本:
全然聞いてないし,あるという話もないです. 作るという話も...
濱田:
まあ,これは内輪の話なんだろうけども,だけど,結局定年がみんなこうばらばらで,stepwiseで行くから,締まらないねぇ,確かに. でも,ほんとは学科事務局がこう持ってて,それで卒業生を集めて委員会を作ってっていう話があったの. やらなかったけど. まだ,藤垣君がいるころだから,数年前じゃないかな? で,15年史になっちゃうのかな,そうすると. で,それも結局それぞれが忙しくて結局だめだったのかな.
田中:
15年目のシンポジウムっていうのがありましたよね.
濱田:
ありました. まぁ,そういうのも,その一つの動きだったんだけれども,じゃあ君達が最初にヒストリーを作り上げるかもしれんぞ(笑). 貴重な文献として残ったら...
田中:
基礎二そのものとして,体系的にこういう歴史でしたって作ったものってまだないんですか?
濱田:
そうですよ. 一つにはね,僕はやっぱりこういう統計とはいわないけども,流れてるもんだから,3年でやってもダメよね. トレンドは出て来ないよ. 例えば,博物館も新設して初めは人が増えてくよね,入館者が. で,だんだん右下がりになって来て,どっかでstabilizeして,横ばいになる. この辺で,やっぱ,見ないとね. なんかちょうど,そういう意味では,20年くらいっていうのはね,だいたい一時期ですよね,学科とすれば. 教養学科,基礎科学科として,教養学科は大体うまくいったけど,基礎一が大体大変だった頃に基礎二っていうのができたわけですからね. まぁ,君達もタイミングいいときに,いいことやってますよ.
岡本:
基礎一が大変だった大変だったとよく聞くんですけど,具体的には何が大変だったんでしょうか?
濱田:
ええ. さっき言った,ことばが悪いんだけど,第二理学部的なね,批判が強かったわけ.
岡本:
それは,外部的な批判が強かったっていうのが大変だったっていう...
濱田:
それがまず一つね. ただしですねぇ,これは教養学科が成功していますから,教養学科の成功っていうのは日本で認められてるわけね. 日本中で非常にability高い人達,人材を排出してるわけ. それを理学部的にやろうとして基礎一が出来たわけだけども,動き始めて暫くしたら,まさに言われてたとおりの第二理学部的にね,非常にまとまりのいいところだけとって研究が進んでいって,まぁ中にはすばらしいことを研究した方もいらっしゃるんだけども,トータルとして,学科として見たときに,どう違うのかっていうidentityがね,なかなか打ち出せなかったわけ. で,かたっぽで教養学科がうんと伸びていってるから,ますます,その,相対的なものでしょ. いくら基礎一がよくっても,かたっぽがよければ,なんとなくこう見えるじゃない. で,そこへ持って来てね,基礎二っていうのが突然舞い込んで来て,だから基礎一にすりゃね,自分達の学内勢力拡大でやりたかったのに,一・二っていう風に分けられちゃったから,またこういう風に考えちゃうわけ. だから,立場がなくなったっていうか. なんか,人事的にも,世代を継いでいくっていう,目的に合う人を集めるっていうことが大変な時期だったかもしれないね. これはおわかりでしょうけども,希望通りの人が集まるわけじゃなくって,日本中にいい人がいるっていう風に全くいかないでしょ. そうすると,理学部からの放り込みだとかね,まぁ,余った人だとは言わないけども,そういうことがあったわけね. まぁ,基礎二はそういう意味ではこれからが試練ですよ. 外からの評価とね,同時に.
岡本:
先生自身は,基礎二にいたときのことを振り返ったときに,自分自身をどう評価されますか?
濱田:
そうですねぇ. 非常によく言えば,こういうのを作ってよかったっていうのがまず一つ. で,それが但し,十分に機能する時間なしに出て行っちゃったっていうのが心残りです. で,それはなぜかというと,もう5年早く全体がスタートしていればね,もうちょっと自分でも納得の行くところまで完璧にはいかないとおもうけど,もう少しだったかなっていう,例えば実習体制とかいろんなことがあるとおもうんですけどね.

それともう一つが,学内の制度としては,教養学部における地球科学,僕は宇宙地球科学ですから,宇宙地球科学教室と基礎二との関係っていうのが,非常に難しいね. 助手の人は最初入ってなかったとか,いろいろ制度上の二重構造があったわけ. 全部一体化したかったっていうのが一つある. で,一体化すれば基礎二が充実することははっきりしてたんですよ. だけど,制度上そういかなかった. そういうことがあった. それとそのあと,卒業して外から見る目になったときに思うのは,やっぱり人が変わると随分変わるなっていう印象がある. だけどその,いまだに三宅島の実験が続いてるっていうのは結構なことだと思う. 三宅島っていうのは第1回生のときからずーっと続いてるし,基礎科第二をつくる教官もその実習が軸で動いたんですよ. こういう実習がまさに基礎二的だよっと. どんな人もね,コンピュータオンリーの人も,数学オンリーの人も,一度はね,石に触れてみよう,水に触れてみようってやることはいいことだって,わざわざ合宿してさぁ,みんなでね.

岡本:
三宅島でですか?
濱田:
うん. 事務官の人まで行ったの,女性の. これからやるんだぞって言って. それで,そのときね,当時のホームビデオってまだ大きくてねぇ,こんな大きなやつ担いで,バッテリーのやつで,永野先生がしょいこんで,バッテリー担いで,平澤先生が担いでしてたっていう記憶がありますよ. そういう時期だったんですけどね,そういう意気込みがあったから,この三宅島実習が同じ形では続かなくていいんだけど,主旨が活かされるとすれば,まぁまぁいいだろう,と. ただし,あれにももちろん限度はあって,例えば,あそこ行ったから火山がわかるかっていうと,そうはならない. で,それに対して疑問も投げかけられて,1回生の一人もこんなことで地学がわかるわけねーし,俺はこんなとこにおれないよ,って筑波にいったのが,今結局もとに戻って,やっぱりあれは面白かったって言ってくれてるっていうね. その,ある瞬間にこんなことだよってprimitiveすぎて,原点にあたるっていうのがprimitiveなんだよっていう意識が強すぎて,大学は高級なことやるとこなんだよっていう先入観があったんでしょうね,その人にはね. こんな低級なことやってられないよって,だから,ノートも何もとらないわけね. いつもレポートは素晴らしいこと書く. わかりきってるの. そんなこといまさら聞く必要ないっていう,そんな優秀なのいたわけ. だから,それははみだしちゃった. だけど今はそれは,もう理解してもらっています. だけど,そういうことを感じさせないっていうか,感じてもそういうことをdiscussしながらね,いや原点に触れて,情報っていうのは与えられたものじゃなくて,自分でどうやって取り出してみたらいいのかわからない,温度はこうやって測っちゃいけない,こうやってこうやるんだよっていう,もう小学生みたいなことだけど,そういう論理と実践を一度体験しておくとね,特に情報化社会においては,特にさっきのその操作される情報ものの取り方についてきちっとした姿勢が持てるから,それは実習でやっておくのはいいことだと. それから,普段絶対に触りもしないようなことをやっておくっていう強制力はね,意味があると思う. ジュニアの場合ね. まぁここでは,シニアっていう,シニアの時間にやるわけですけど,3,4年生になっても全体の学校制度の中で言えばジュニアですから,そういう意味でよかったっていうところと,さっきのメニュー増やしていくっていう,今の世の中の体制の長い目で見た生涯教育の大学っていうもののある意味で僕は最先端とまでは言わないけれども,非常に応用の効く体制が取れているっていうことはいまだにいいことだと思ってる. それから,僕が出てから地理の人が加わったけれども,それは望んだり願ったりっていうところで良かったと思う. ただし,それが機能してるかどうかはわからないけど. それから石さんなんかも来たしね. かなり,先生達にもそういう幅が出て来てると思う. あとは,その,ここんとこ暫く学生さんがどこへどう就職してるのかもしらないから,たまたまNHK行ってたら何人か卒業生がいるんでおやおや来てるんだなって思ったりしましたけど,他のところにどう行ってるかは知らないから,その辺は情報不足でいずれ機会があったら教えてもらいたいんだけど. 反省点で,ダメだーっていう点はないし,よかったなぁっていう情報も得てないし,でも,やっぱり作ってよかったなっていう点は,作る時期でよかったなぁっていう自分のことも含めてね,自分の立場も含めて,非常に楽しかったですね.
田中:
学科のことを振り返るっていうのは確かに,先程言われたように5年6年くらいでは見にくいっていうところもありますね. もうちょっと長いと...
濱田:
見にくいですね. ただ,見ることが出来ないっていうわけじゃないけど,多分過大評価とかねなんかにつながっちゃうと思うんですよ. クールになりきれないのね.
田中:
先生がいられた中では,めちゃめちゃすごい大きな変化っていうのは感じられますか?
濱田:
濱田先生と田中佑人 やっぱり,あのね. これは個人的な感想だけど,大学っていう中で制度変わりが起こるっていうのは普通ね,すごいことなんですよね. だけど,僕はねぇ,学校制度・教育制度の転換期にいつも入っててね,僕,中学を卒業してないわけ. ちょうど,中学が高校に自動的に切り替わる時期だったから,卒業がないんですよね. そんな風にして学制ね,学校制度の変更っていうのがあって. そして,大学入るときには,進学適性検査っていって,今のセンター試験のはしりの試験のテストケースをやらされたりしたりね,なんかいつもこう,変動期にあったから,そういう学園紛争っていうか大学紛争,あれを経験しているでしょ. なんかこう,5年以上安定して続いたことがないんだよね. バタバタバタバタしてて. その点で,大学院の時期はよかったなぁ,5年間. 初めて化石をいじったわけだね. 僕は化石は大学のときやってないから. 大学のときは変成岩・岩石の物理化学の方をやってたから. だから,大学院に入って化石を始めて,おもしろくてしょうがなくって,それで5年間あっという間に過ぎちゃって,それで就職なんて全然頭になかったころに,駒場に席があるから駒場に行くかっていわれて,駒場って何だと思って,最初に俺が落ちたところじゃないかと思って(笑),それでなんとなく来ちゃったから,その5年間っていうのが非常に僕にとっては,本当に外を見れなかった時期ね. 全く見てないです. 地球ばっかり見てたんです. だけど,地球見てたのが,ここで教養学部で教鞭をとるようになってから非常に役に立った. 学生さんっていう対象が出来たからね. だから,僕はサービス業だと思ってますから,自分のわかってることを伝えるっていうことはね. だから,いつも言ってるのは,試験で成績が悪いときは僕が悪いと思うようにしてる. 出したほうが悪いに決まってんじゃない,ねぇ. だって,本人の適性に対して,generalな適性に対して,適切でないもの出したわけだから. で,変なことを言うんだけど,僕は試験をやってて必ず定年の前の何年間かは,事前に宿題を出して,テーマを出して,で,その場で書きなさいって,書いてくるのはダメって,アンチョコもあるし,人と相談するから,その場で書きなさいって,試験の時間に書きなさいって,出したの. そうすると,すっごいよく見えますよ,人の動きって. 中にはねぇ,おぉーすげーぇなぁー,でもどっかで見たことがあるなぁって,俺の本から取って来てるの(笑). そういうことがあったりして面白かったですけど,そういうことをenjoyしながらね,サービスってしてきたでしょ. そのサービスが,ジュニアに向けて,1,2年生にやって来たわけですよ,文科系も含めて. で,僕は必ず1時間目の授業だったから,朝8時半からだった. で,それで,その後,これができるっていうんで,あと4年間ね,夢中でのめり込んで来てやって,それで,できあがってしまったらそれで,自分の意志で動かないから,入って来た学生さんとの付き合いで楽しんで行く. でも,それでも全部4年間くらいなのね. 5年間続いたってなかなかないわけですよ. で,やっと今放送大学が5年来ちゃったね. この間やっと契約更改して,70歳までいいっていうお墨付きをもらったからね. あと5年間できるんだけど,これは番組作りとかそういうことですけど,結局,僕の持ってるポテンシャルをどうやって使ってもらうかっていうサービス業は博物館と放送大学でやれてるから,非常に幸せなんだけど,その間にちょうどここが転機ですね. 50の手習いっていうのね. だから,学問をいつから始めたかっていうと困るけど,25歳からやったとすればね,50で25年でしょ. 四分の一世紀ね. 転換期を迎えて,で,あと,これで70まで行くと25年に近付くじゃない. で,そういう中で,そういうダイナミズムをね,経験してそれで,もう少し詳しくいうと,地球科学自身が変わって来た,プレートテクトニクスとかね. それから,バイオでいうと,遺伝子工学とかそういうのね. 善し悪しじゃなくって,methodologyが変わって来た. そういう僕はシステムっていうのの面白さを覚えちゃった. で,僕のとこでシステムっていうのは,まだブラックボックスが大きすぎて,数値的なものははいらないけども,流れとしてシステム図を作って行くっていうだけでも,世の中が見えて行くっていうのがあって,非常に楽しくやっています.
岡本:
えーと,だいぶ長くなってしまいましたが,どうもありがとうございました. これからもお元気でがんばってください.


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